6月はじめから最高気温40度!

June 08, 2006
夜中に、頸の周りの汗で起こされるというアレッポではあってはいけないことが起きてしまった。たしかにアレッポでの住まいは5階建ての建物の最上階。1階や地階とはそれなりの温度差があるのはわかる。しかし、東側の窓は締め切りで、南と西が塞がり、主に北に面しているこの部屋で、夜中の2時半に暑さで起こされるとは。。。アレッポの夏のよいところは、昼間どれほど暑くても、夜になれば、20度近くまで気温が下がり、熱帯夜にはならないというかつてすんでいたころの経験律が、夜中の暑さにもろくも崩れ去ってしまったのである。
 しかし、では実際にどれほど暑いのかは確かめてみたくなり、温度計を購入してみた。計ってみてまたびっくりであった。朝5時の部屋の中の温度が31度なのだ。ベランダで計ってみても28・5度。暑いはずだ。熱帯夜なんて生温いものではなく、夜なのに夏日だったのである。どうりで暑いはずだ。ちなみに昼過ぎにレッスンから戻ってきたときの室温は、38度。熱風の吹き込むタクシーに揺られて帰って来るから、それでも涼しく感じてしまうほどだ。天気予報を見てみて、またまたびっくり。シリア北部、最低気温23度、最高気温40度と前の日にいったかと思うと翌日は、25度・40度なんて言っている。そうだったのか。もう40度を超えていたのか。
 シリア滞在のぼくの教訓のひとつに、「気温が体温を超えた日にものを書いてもまともなものに仕上がらない」がある。かつてシリアに住んでいるころ、真夏に仕上げた論文があるのだが、編集の方に本当に申し訳ないくらいに、校正稿が訂正で真っ赤になった。とにかく日本語がひどいのである。文も悪ければ、文と文のつながりも悪い。いろいろ原因を考えてみたけれど、「暑さ」以外に考え付かなかった。その夏も暑くて、連日予想最高気温が40度を超えていたのである。
 そんなことなので、今回の滞在も、7月末から8月にかけては、シリアにいても仕事にならないと決めて、大学が学期末でもあるので、そこは帰国しようと決めていたのだが、6月から40度とは。カスピ海あたりに高気圧が居座り、そこから熱風が吹き出すという仕組み。この北風に曝されるとアレッポはアラビヤ半島の砂漠とも対した気温差がなくなってしまう。9月になれば、コンスタントに西から風が吹くようになる。これは冷風である。したがって、夏にすむ家探しのポイントは、西側が開いていること。アレッポの町全体を見ても、お金持ちたちの家は、西の郊外に延びている。
 ところで、人間の意志や力が、神に並びうるという考えが、かつてのイスラーム世界の哲学論争にあった。人間に意志や力があれば、神は不要であると、近代以降の西側世界は考えている。しかし、この暑さを前に、それでも、人間の意志や力が絶対だなんてとてもいえない。大気の温度を1度だって下げることはできないではないか。気圧配置がこうなると暑くなり、こう変わると涼しくなるという説明はできても、気圧の配置を思うように動かすことは人間にはできない。人間の意志や力の及ばぬものが、そこにはあるのだ。そしてそのことを忘れないために、「神」がそうさせているのだと考えるようにする。人間がつねに謙虚であるための知恵だ。
 さて、この暑さの中で人間のしていることは何か。部屋の中の温度を下げようと冷房のスイッチを入れる程度のことだ。郊外に大型の火力発電所が完成し、停電とほとんど無縁になってこの町では、ここ数年で冷房機が大流行。この暑さに、町中の冷房気のファンが昼夜を問わず回っている(かつて停電になると備えのある家で動き出した自家発電のエンジンの音が懐かしい)。《人間の手が稼いだことのために、陸に海に荒廃がもう現われている》(ビザンチン章41)とクルアーンはいう。最低気温が23度とされているのに、町の中心では28度にしかならないというのは、紛れもなくヒートアイランド現象だ。上の聖句は続けて、《これは(アッラーが)、かれら(人間)の行なったことの一部を味わわせ彼らを(悪から)戻らせるためである》(同節)と教えている。
 昨晩は気温がぐっと下がって、今朝5時のベランダは、23度だった。外気を5度下げることなど、アッラーには容易い話。アル=ハムドゥリッラー。